恥じらう彼女にときめいて

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ドス黒い雲が天を覆い、そこから降り続ける雨は徐々に勢いを失ってはいる。しかし、大雨であることは変わりなく、僕らは施設入口の雨避けの屋根の下にいた。数メートル先には、存在感のある高そうな黒い車が停められており、その前に運転手らしき白髪の老人が傘を手に立っていた。

「じゃあ、私はこれで。太郎君、君に会えて良かったよ。例の話、前向きに検討してくれたまえよ」

それだけ言うと、築月氏は目で運転手の老人に合図をした。運転手は、雨に濡れないよう築月氏に傘を差し出すと、自分は手に持っていた折り畳み傘で雨を避けた。そのまま築月氏を車に乗せると、自分はすぐに運転手へと移動する。
そして、エンジンが掛かると、前のランプに光が灯り、タイヤと地面が擦れる音と共に動いたそれは、すぐに施設を囲むブロック塀の外へと消えていった。

「フゥ……太郎君、ご苦労だったね」

それを確認すると、中西さんは緊張から解き放たれるように大きな溜め息を吐いた。

「突然あんなことを言われて戸惑っているかもしれないけど、とりあえず中に入ろうか。後でもう一度詳しく説明するよ」

ハンカチで額を流れる汗を拭いながら、中西さんは僕の背中を押す。

ーー築月氏の話は、まさに青天の霹靂といえるものだった。

会ったばかりの男の人に息子になれと言われて、呆気に取られない人はいないはず。
当時はまだ〝養子縁組〟についての知識が皆無だったので、詳しいことは殆ど分からなかったが、まずは僕自身の承諾が必要なんだという。母も父も既に他界していたため、〝代理人〟と呼ばれる人が必要だったり、裁判所の許可もいるとのことだったが、詳しい手続きは築月氏が全て行ってくれるという。
どうしてそこまでして僕を養子にしたいのか。

『それは君が優秀だからだよ。私の家は代々教師の家系でね、私も例に漏れず数年前まで教師をしていた。今は違うがね。しかし……どうも私は子宝に恵まれなくてね、男の子を何度もりゅーーイヤ、失礼。とにかく優秀な息子が欲しかったのだよ。どうだろう？ 私の元に来れば、不自由はさせない。学校は転校してもらうことになるが……』

つまるところ、彼は後継者を欲しがっているのだ。自分の期待にこたえてくれる子供を。そして、彼の目にとまったのが僕。

「夕食後にでも私の部屋に来なさい。決めるのは君……」

「……中西先生！！」

無機質な廊下を並んで歩いていると、廊下の反響音と共に数人の女の子が走ってきた。僕と同様、この施設に預けられている娘達だ。

「ユカリちゃんが、また……オシッコ漏らしちゃって……」

それを聞いた瞬間、僕と中西さんの表情がほぼ同様に険しいものに変わった。ユカリちゃんとは僕より年下の女の子で、やはりこの施設に預けられている娘だ。元来大人しく無口な性格らしく、噂では母親に虐待を受けていたらしい。そのためか、自分の思いを口で伝えるのが苦手な女の子だが、容姿はそれほど悪くはなかった。しかし、そのコミュニケーションが取れない性格が災いしてか、いざというときに行動出来ないことが多く、特にトイレの失敗が多いのだ。そのため、周りから〝お漏らしユカリちゃん〟と呼ばれていた。
中西さんが場所を聞いて走りだすと、女の子らも後を追った。どうしたものかと思ったが、僕も走り出した。

◆◆

「ワー！！ また、ユカリが漏らしたぞー！！」
「やーい、お漏らし女！！」
「こっちくんなよ、汚ねぇよ！！」

この施設はさほど大きくないため、騒ぎ声がする部屋を見つけるのに時間はかからなかった。
学校の教室のような造りとなっている「勉強部屋」と呼ばれるその場所で、学校の復習を自由に行うところとなっている。その日は勉強の得意な職員の人が、補習授業を行っていたようだが、そこでもやはり彼女は自分の思いを伝えることが出来なかったようだ。