《45》【僕のジョボ女簿日誌】 「第一話 学園(エデン)は檻の中」(8)ー6 男子
- 2017/04/19
- 13:59
「僕があのとき、桃瀬さんと二人きりにならなければ、伊庭先生か矢行先生を探しに行っていれば、出来心から下着を眺めるようなことをしなければ……屋上で彼女を抱きしめなければ、こんなことにはならなかったはずです。全部、全部僕の……」
「タロウ、それは違う」
保健室に一つだけ置かれている教員机が悲鳴を上げる。中身が無くなったマグカップぎ、振るい降ろされたのだ。彼女の小さな叫びと共に。
「アンタは何も間違ったことはしてないよ。あのときは仕方なかったんだろう? 彼女を不安にさせたくないという気持ちは十分に理解出来る。……それに上山の件も聞いた。彼女のショックは大きいはず。女は男が思っているほど強くない。誰かの胸を借りたいときだってあるのよ」
彼女は迷いのない、僕のことを本気で心配してくれている透き通った瞳で僕を見た。
これだ。この凛々しい眼。周りの意見に左右されず、ただ自分の信じた道を突き進む。これが矢行翔。幼き日憧れた、僕にとってはもう一人の姉。
「自分を責めることはないよ。むしろ、私は私自身の無力さに腹立たしさでいっぱいだ。所詮私はただの保険医、何も出来ることはないんだから」
伊庭先生はギリリと歯を軋ませると、マグカップを流し台不安と運ぶ。その背中には、何か重いものを背負っているような気がした。
「それで、リンコちゃんとは何か話したか?」
どうしてあの写真が流出したのか。あの写真は、彼女のスマホで撮られたもの。例え削除されたとしても、復旧させることも可能なはず。
「いえ……」
伊庭先生とは話はおろか、目すら合わせていない。イヤ、合わせてくれないのだ。朝の職員室、廊下、帰りのHR、形式的な返事と会話しかしておらず、明らかによそよそしさを感じた。
「そう……まぁ、そうでしょうね。でもねタロウ、虫の良すぎる相談かもしれないが……お願い。仮に彼女だったとしても、あの娘を責めないであげて」
彼女の懇願はとても弱々しく、そして悲痛だった。水道のノズルから勢いよく噴出する水がステンレスに当たる音と、彼女の背中と合わさり、室内を淀んだ空気にさせる。
「彼女は彼女なりに、この傾きかけた伝統校を真っ直ぐ立て直そうとしているんだ。だが、行き過ぎた信念は、誰かを傷つけることになる。彼女はお前を辞めさせようなんて思っていない。ただ君をーー」
「もう分かりました」
僕は彼女の話に割り込むと、コップのコーヒーを勢いよく一気に飲み干した。流し台にコップを置くと、矢行先生の横に立つ。
「ここからは、僕の問題です。矢行先生にはお世話になりました。後は、僕一人でやれるところまでやってみようと思います。だから」
正直心の中は不安だらけだった。僕に何が出来るのか。生徒らの前で何を謝れというのか。想像がつかない。
しかし、ここを乗り越えなければ一人前にはなれない。そんな気がした。
「自分の仕事に集中して下さい、僕も職員室に戻ります。テストの採点もありますし」
それだけ言うと、矢行先生の返事を聞かずに保健室の引き戸を閉めた。迷ってる暇なんてなかった。とにかくやれることをやるだけだ。今までも、ずっとそうしてきたのだから。
◆◆
「まいったなぁ……彼も言うようになってしまったよ。成長とは著しいなぁ、イヤ……」
容器の貯水量を上回り、マグカップからチョロチョロと水が溢れた。水の表面には、一人の女性が映っていた。
先程までここにいた男の子。見た目は子供、頭脳は大人。それでもやっぱり子供扱いしてしまう、弟のような存在。いつも困り顔で悩んでいる男の子。
そんな彼よりも悩みふけっている一人の女。彼の前では決して見せない顔。
「私が年をとってしまったのかもな……なぁ、シミ子」
「タロウ、それは違う」
保健室に一つだけ置かれている教員机が悲鳴を上げる。中身が無くなったマグカップぎ、振るい降ろされたのだ。彼女の小さな叫びと共に。
「アンタは何も間違ったことはしてないよ。あのときは仕方なかったんだろう? 彼女を不安にさせたくないという気持ちは十分に理解出来る。……それに上山の件も聞いた。彼女のショックは大きいはず。女は男が思っているほど強くない。誰かの胸を借りたいときだってあるのよ」
彼女は迷いのない、僕のことを本気で心配してくれている透き通った瞳で僕を見た。
これだ。この凛々しい眼。周りの意見に左右されず、ただ自分の信じた道を突き進む。これが矢行翔。幼き日憧れた、僕にとってはもう一人の姉。
「自分を責めることはないよ。むしろ、私は私自身の無力さに腹立たしさでいっぱいだ。所詮私はただの保険医、何も出来ることはないんだから」
伊庭先生はギリリと歯を軋ませると、マグカップを流し台不安と運ぶ。その背中には、何か重いものを背負っているような気がした。
「それで、リンコちゃんとは何か話したか?」
どうしてあの写真が流出したのか。あの写真は、彼女のスマホで撮られたもの。例え削除されたとしても、復旧させることも可能なはず。
「いえ……」
伊庭先生とは話はおろか、目すら合わせていない。イヤ、合わせてくれないのだ。朝の職員室、廊下、帰りのHR、形式的な返事と会話しかしておらず、明らかによそよそしさを感じた。
「そう……まぁ、そうでしょうね。でもねタロウ、虫の良すぎる相談かもしれないが……お願い。仮に彼女だったとしても、あの娘を責めないであげて」
彼女の懇願はとても弱々しく、そして悲痛だった。水道のノズルから勢いよく噴出する水がステンレスに当たる音と、彼女の背中と合わさり、室内を淀んだ空気にさせる。
「彼女は彼女なりに、この傾きかけた伝統校を真っ直ぐ立て直そうとしているんだ。だが、行き過ぎた信念は、誰かを傷つけることになる。彼女はお前を辞めさせようなんて思っていない。ただ君をーー」
「もう分かりました」
僕は彼女の話に割り込むと、コップのコーヒーを勢いよく一気に飲み干した。流し台にコップを置くと、矢行先生の横に立つ。
「ここからは、僕の問題です。矢行先生にはお世話になりました。後は、僕一人でやれるところまでやってみようと思います。だから」
正直心の中は不安だらけだった。僕に何が出来るのか。生徒らの前で何を謝れというのか。想像がつかない。
しかし、ここを乗り越えなければ一人前にはなれない。そんな気がした。
「自分の仕事に集中して下さい、僕も職員室に戻ります。テストの採点もありますし」
それだけ言うと、矢行先生の返事を聞かずに保健室の引き戸を閉めた。迷ってる暇なんてなかった。とにかくやれることをやるだけだ。今までも、ずっとそうしてきたのだから。
◆◆
「まいったなぁ……彼も言うようになってしまったよ。成長とは著しいなぁ、イヤ……」
容器の貯水量を上回り、マグカップからチョロチョロと水が溢れた。水の表面には、一人の女性が映っていた。
先程までここにいた男の子。見た目は子供、頭脳は大人。それでもやっぱり子供扱いしてしまう、弟のような存在。いつも困り顔で悩んでいる男の子。
そんな彼よりも悩みふけっている一人の女。彼の前では決して見せない顔。
「私が年をとってしまったのかもな……なぁ、シミ子」