《55》【僕のジョボ女簿日誌】 「第一話 学園(エデン)は檻の中」(10)ー3 視線
- 2017/05/01
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兎にも角にも、僕は校長と入れ替わりで壇上に立つこととなった。演台までの距離がとてつもなく長く感じる。数百人の生徒と教員の視線に押し潰されないように、足に力を入れ一歩一歩踏み出していく。
壇上に立つと、分かっていたことだが沢山の人間と真正面から対峙することになる。ある者は好奇の目で、ある者は哀れむような目で、またある者は欠伸をしながら興味のない顔つきで。注目を集めるとはこういうことなのか。
……あのときの桃瀬さんも、こんな風に頭が真っ白になっていたのだろうか。
顔を上げ周りを見渡そうとすると、一人の女性と目が合った。壁際に立っている教師の一人、矢行翔と。
◆◆
『やぁ、ルーキー君。気分はどうだい?』
集会三十分前。職員室にて原稿をブツブツ読み返している僕に、いつも通り話かけてきてくれた。
『ハハハ……あんまりいいモンじゃありませんね。でもまぁ、社会勉強の一環だと思って、いっちょやってきますよ』
僕は正直に答えた。何とか余裕があるように微笑んでみせた。手の震えでバレていたかもしれないが、伊庭先生は触れてこなかった。
『フフ、それは頼もしいわね。まぁ、あんまり深く考えないことだね。肩の力を抜いて、リラックスしていきな』
彼女は僕の肩にポンと手を乗せ、そのまま自分の机に戻って行った。いつもと同じようで、どこかいつもと違う表情と反応で。しかし、ふと机の上を見ると一枚のメモ用紙が置かれていた。
〝終わったら、ギュッと抱きしめてあげる。 PS:今履いてる下着もあげるね〟
それを見た瞬間、一気に緊張がほぐれた。あの写真とかけているのだろうか。端から見ると笑えないジョークだが、今の僕には、こういったブラックなヤツの方がツボにハマりやすいのだ。彼女は何も変わっていない。さりげなく僕を助けてくれる、優しくて頼れる先輩。
◆◆
僕は息を整える。いつでもスピーチを始めることが出来る。しかしその前にもう一人、先生の横に立つ女性にも顔を向けた。伊庭倫子先生に。
◆◆
『先生』
集会十分前。体育館に向かうため、他の先生方より早く職員室を出て廊下を歩いていたところを、彼女に呼び止められた。とても複雑そうな顔で。
『行くんですか、もう?』
『ハイ、ここにいても落ち着きませんし……教頭から呼び出されてますし……』
『私、自分が間違ったことをしたとは思いません』
彼女は、僕の目を真っ直ぐ見据えて言った。決意の表情をしているが、瞳は大きく揺らいでいる。
『今回の件は、私があの写真を撮ったのがそもそもの原因です。ですが、私は一教師として先生の……不審な行動を見逃すことは出来ませんでした。だから……』
『分かってます』
僕は極力感情を出さないつもりだった。しかし、どうも彼女の前になると、情けない顔付きになってしまうのが自分で分かる。
『僕のことは心配しなくても大丈夫です」
それだけ言って、私はまた歩を進め始めた。だから次の言葉も背中で受け止めた。
『……あの、私じゃありませんから! 写真を貼ったの、私じゃありませんから!』
それだけ聞ければ、もう十分だ。