《57》【僕のジョボ女簿日誌】 「第一話 学園(エデン)は檻の中」(10)ー5 姫様
- 2017/05/02
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「桃瀬さん……!!」
伊庭倫子は周囲の混乱の中、冷静に事態を判断すると、すぐに彼女に駆け寄ろうとした。
またやってしまったのだ。自分のクラスの女子生徒・桃瀬楽久美が。お漏らしを。オシッコ失敗を。
何があったのかは分からないが、助けなくては。彼女のクラスを受け持つ者として。
しかし、その身体は片腕の不快な痛みによって止められた。
「リンコちゃん、待って」
彼女の腕を掴んだのは、隣に立っていた矢行翔だった。女性とは思えない力に呆気にとられたが、倫子はすぐ彼女にキツい眼差しを向けた。
「何するんですか、離して下さい! 桃瀬さんが……早く行ってあげないと……!!」
「分かってるわ。でも、それは私達の仕事じゃないわ。見て」
倫子の悲痛な叫びを、彼女は目を合わせずに受け流した。彼女の視線の先にあるのは、全校生徒の前で醜態を晒してしまった哀れな発達途上の女の子と、そんな彼女に近付く一人の男性教員。
「何してるんですか!? ここは、私達女性の方がーー」
「分からないの? あの娘は彼を望んでいるの! 私でもない、あなたでもない……築月先生(あの子)をね!」
「…………!!」
それを聞いて、彼女はただ立ち尽くすことしか出来なかった。力が抜けた腕がブラリと空を切った。その場にへたり込みそうになったが、そこは脚を踏ん張って我慢した。
◆◆
波のように生徒をかき分けながら、辿り着いた空間。皆中心で立ち尽くす彼女を、遠巻きに眺めている。その中には、田代さんや木下さんもいた。助けたい思いはあるが、出て行っていいのか分からない、そんなもどかしい表情で。
まるで彼女はいい見世物、動物園の檻の中に一人ぼっちで閉じ込められた小動物のようだった。
僕は迷うことなく彼女の元へと近付いていった。群衆の中からは様々な声が聞こえた。「可哀想」「俺にも見せろ」「あの先生、写真の人だよね?」とか、まさに傍観者根性丸出しの言葉が飛び交う。
一歩一歩踏み歩いていくと、すぐに彼女のオシッコの水たまりの前まで来た。教室のときよりかは範囲が狭い、いや同じくらいか。どのみちこのままではいられない。僕はその上にパチャパチャとスリッパで踏み出した。人混みから「汚ねぇ」と声がしたが、僕は「うるさい」と一喝した。そのせいか、ザワザワがさらに広がってしまったような気がしたが、先生方が生徒らに落ち着くよう言い聞かせている。
「先生ぇ……ゴメンなさい、私……アタヒィ……」
瞳から涙が一筋溢れ、頬を伝い床へと溢れた。耳元まで真っ赤にしているが、その目は何かを成し遂げたかのように晴れやかだった。
「大丈夫、何も言わなくてもいい。さぁ保健室に行こう」
僕はそっと彼女の肩に触れた。華奢な身体が、小さくプルプルと震えている。
「で……でも、先生……私……」
彼女は口元をガクガク震わせながら、スカートの裾をギュッと掴んだ。立ったまま致してしまったので、スカートへの被害は少ないようだが、下着は悲惨な状態のはず。このまま歩けば、恥ずかしい跡が床に滴ってしまうかもしれない。それならば、いっそのこと。
「分かった、じゃあゴメンだけどちょっとしゃがんでくれる?」
彼女はその意図が掴めなかったようだが、スカートが汚れないよう気を付けながら、その場で上体を下げてくれた。そして僕はーー彼女を抱き上げた。
「え!?」
彼女の肩に片腕を回し、もう片方はスカート越しに膝の下に差し入れた。いわゆる「お姫様抱っこ」というものである。
その瞬間、群衆がどよめいた。生徒は勿論、先生方も。少し大胆過ぎたか……と思ったが、彼女を一刻も早く連れ出す方法が他に思い浮かばなかった。
「大丈夫、こう見えても僕鍛えてる方だから」
皆が驚いている理由は、ひょっとして僕が見た目通りに貧弱だと思われていたからかもしれない。
「いえ、そうじゃなくて……私、汚いですよ? オシッコ付いちゃいますよ?」
そう言って彼女は恥ずかしそうに、オシッコで濡れた膝と膝を擦り合わせた。ただでさえ頬が赤いのに、さらに赤くなったような気がする。このままでは、彼女の羞恥の極限を越えてしまうかもれない。
「大丈夫だよ、君は汚くなんかないよ」