《93》【僕のジョボ女簿日誌】 「第二話 姉弟・接吻(シスター・キス)」(3)ー2 悪態
- 2017/07/14
- 23:02
溜め息を吐きながら生徒らを諌めるリンコ。それを眺めていると、背後から僕の名前を呼ばれた。振り向くと、やはり生徒が立っていた。今度は男子生徒だったが。
「僕の漢字のプリント……持ってたりしませんよね?」
僕に話しかけたのは、スポーツ刈りの男子生徒。頭をポリポリかきながら、少し困ったようや顔付きをしていた。
「漢字のプリント? いや、持ってないよ。授業前にみんなに渡したでしょ?」
今日の三時間目が僕の授業。課題だった、テスト範囲の漢字問題が百問程あるプリント用紙を返却したところから始めたはず。……ってアレ何だこれ、デジャビュ?
「……ですよね〜。いや、何か机に入ってなくて」
◆◆
「今日渡したものを、もう無くすなんて。集中力が欠けている証拠です」
少し前を歩く彼女は、眼鏡をクイと直しながら悪態をついていた。
「でも、さすがに机に入れたものを無くすなんてないだろ。もしかしたら、誰かが持ってるとか……?」
「口ではどうとでも言えます。それに、テスト範囲に入る重要なものなら、キチンと管理しておかなければいけない。小学生でも分かることです」
僕らが歩いているのは、職員室へと続く長い廊下。チャイムが鳴ってからさほど時間が経っていないため、まだ沢山の生徒で溢れ返っているが、そこは教師と生徒、どの生徒も僕らに道を開けてくれる。
「ただでさえ、平均点が下がってるっていうのに、この意識の低さ。テスト後に提出する課題を増やしましょう」
「リンコ……やり過ぎちゃダメだよ。みんなにはみんなの勉強のやり方があるんだ。宿題を出し過ぎるのも考えものだよ」
周りには分からない、同じクラスを受け持つ二人だけのちょっと重苦しい空気。それを肌で感じながらも、僕は歯切れの悪い言葉で何とか応えていた。
「宿題を出さなければ、勉強しない生徒がいるのも事実です。私は……私のクラスから落ちこぼれを出したくないんです。それとーー」
廊下の曲がり角を曲がると、生徒の数が少なくなった。その辺りで彼女はグルッと振り向き、僕の目を見据えて言った。
「ーー学校で、〝リンコ〟って呼ぶのは止めてって言ってるでしょ! まだ仕事中だし、生徒も沢山残ってるし……変な噂でも立てられたら困るでしょ?」
そう言いながら、彼女は静かな剣幕でグイッと身を前に詰めてきた。その勢いに押されるように僕は「ゴメン」とだけ謝ると、彼女は「分かればいいのよ」とだけ返して、スタスタと歩いて行ってしまった。こうなるともう目も合わせてくれない。
〝後でもう一度謝っておくか……〟
歩いて数分。職員室の引き戸を先にカラカラと開けた彼女に続き、僕も室内に入った。授業後ということで沢山の教員が、静寂とほんの少しの騒音が混じった室内でそれぞれの仕事をしている。教室とは全く違う空気。
しかしその日はほんの少しだけ、いや明らかに違っていた。
「僕の漢字のプリント……持ってたりしませんよね?」
僕に話しかけたのは、スポーツ刈りの男子生徒。頭をポリポリかきながら、少し困ったようや顔付きをしていた。
「漢字のプリント? いや、持ってないよ。授業前にみんなに渡したでしょ?」
今日の三時間目が僕の授業。課題だった、テスト範囲の漢字問題が百問程あるプリント用紙を返却したところから始めたはず。……ってアレ何だこれ、デジャビュ?
「……ですよね〜。いや、何か机に入ってなくて」
◆◆
「今日渡したものを、もう無くすなんて。集中力が欠けている証拠です」
少し前を歩く彼女は、眼鏡をクイと直しながら悪態をついていた。
「でも、さすがに机に入れたものを無くすなんてないだろ。もしかしたら、誰かが持ってるとか……?」
「口ではどうとでも言えます。それに、テスト範囲に入る重要なものなら、キチンと管理しておかなければいけない。小学生でも分かることです」
僕らが歩いているのは、職員室へと続く長い廊下。チャイムが鳴ってからさほど時間が経っていないため、まだ沢山の生徒で溢れ返っているが、そこは教師と生徒、どの生徒も僕らに道を開けてくれる。
「ただでさえ、平均点が下がってるっていうのに、この意識の低さ。テスト後に提出する課題を増やしましょう」
「リンコ……やり過ぎちゃダメだよ。みんなにはみんなの勉強のやり方があるんだ。宿題を出し過ぎるのも考えものだよ」
周りには分からない、同じクラスを受け持つ二人だけのちょっと重苦しい空気。それを肌で感じながらも、僕は歯切れの悪い言葉で何とか応えていた。
「宿題を出さなければ、勉強しない生徒がいるのも事実です。私は……私のクラスから落ちこぼれを出したくないんです。それとーー」
廊下の曲がり角を曲がると、生徒の数が少なくなった。その辺りで彼女はグルッと振り向き、僕の目を見据えて言った。
「ーー学校で、〝リンコ〟って呼ぶのは止めてって言ってるでしょ! まだ仕事中だし、生徒も沢山残ってるし……変な噂でも立てられたら困るでしょ?」
そう言いながら、彼女は静かな剣幕でグイッと身を前に詰めてきた。その勢いに押されるように僕は「ゴメン」とだけ謝ると、彼女は「分かればいいのよ」とだけ返して、スタスタと歩いて行ってしまった。こうなるともう目も合わせてくれない。
〝後でもう一度謝っておくか……〟
歩いて数分。職員室の引き戸を先にカラカラと開けた彼女に続き、僕も室内に入った。授業後ということで沢山の教員が、静寂とほんの少しの騒音が混じった室内でそれぞれの仕事をしている。教室とは全く違う空気。
しかしその日はほんの少しだけ、いや明らかに違っていた。