《125》【僕のジョボ女簿日誌】 「第二話 姉弟・接吻(シスター・キス)」(6)ー2 拍手
- 2017/11/24
- 11:53
僕が築月家の子供になってから、すでに二週間が経っていた。僕の名前も正式に〝築月 太郎〟となり、それまで通っていた公立小学校から、名門『漆金学園高等学校』の初等部に編入することになった。築月氏の推薦ということで入学試験も免除され(中途半端な時期の転校だったこともあるが)、初日には教頭先生・校長先生から熱烈な歓迎も受けた(義父さんの影響力に改めて感心した)。自分の教室で自己紹介するとき、初めて〝築月〟の名前を口に出して、ちょっぴり気恥ずかしさを覚えた。
そうしてあっという間に時間が流れて二週間。小一から共有している思い出があるわけでもなく、人間関係を構築するのも下手くそな僕がみんなの輪に入れるわけもなく、学校にいる殆どの時間を僕は勉学に注ぎ込んだ。イヤ、打ち込まざるを得なかった。学力風紀・伝統共に月並みの公立小学校から、優良度トップクラスの伝統校にポンと放り込まれたのだ。グズグズしていると置いてかれるのは明らかだった。さらに入学早々、公立小学校にはなかった実力考査があることを知った僕は、少しでも周りに追いつけるように必死になった。その結果クラスで四番目の順位をもぎ取ることができ、順位発表の際は担任を含めてクラスメイト達から拍手を貰った。それまでの日常に突如現れた異分子を受け入れ辛かったクラスメイトらも、これがきっかけで何人も話しかけてくれるようになった。学校内が居心地良いと思うなんて初めてかもしれない。前の学校では、施設暮らしというだけで、爪弾きにされていたこともあったし。
そんな天にも昇るような気分だったが、その羽はすぐにもぎ取られることとなった。
「……ご期待に添えることが出来ず、すみませんでした」
僕は心の苛立ちを抑えつけると、表情を引き締め義父さんの嘆息に謝罪で応えた。
危ない。幾ら納得のいかないことがあったとしても逆らうことは出来ない。
イヤ、逆らってはいけない。
この人のおかげで、施設にいた頃には食べられなかった料理が毎日並び、個室まで分け与えられた。それなりの収入がないと通えない学校にも、通わせてもらえるようになった。
僕はこの人の〝息子〟になった。しかしそれはあくまで紙の上の話だ。この人は親ではない。僕の〝上〟に立つ存在なのだ。上司が部下に逆らってはいけないように、僕もこの人に逆らってはいけないのだ。例えどんな理不尽なことにも。
「まぁ、まだ入学して一月も経っていないし、周りにも馴染めていないだろう。今回はこれで大目に見るとしよう。最終考査もあるだろう。そこでは期待しているよ」
そこで義父さんは言葉を切った。携帯から再び電話のコール音が漏れ出したからだ。義父さんはそれに出ると、再び険しい顔つきになり「私だ」と低い声で応じた。そこからはまだ幼い僕には難し過ぎる用語のオンパレード。ここにいても迷惑だと思い、無言で一礼すると部屋から出た。
廊下に出ると、僕はひとまず大きく息を吐いた。そして緊張から解き放たれたかのように脱力した。