短編小説《1》・神様この人でしょうか?(1)
- 2017/02/08
- 20:16
そういえば今日の朝の占いで〝デートには不向きな日〟って言ってたなぁ。
スピリチュアルなことはあまり信用していない真紀も、今日ばかりは心の中で詫びた。そして懇願した。早くこの状況を何とかして下さい、と。
彼女は今、デパートのエレベーターという無機質な銀色の箱に閉じ込められていた。
故障か何かは知らないが、非常ボタンを連打しても一向に返事はない。
何してんの! こういうときのための警備員じゃない! どうやって助けてくれるの!?
そういえば、今日の〝ラッキーアイテム〟はマフラーだったわね! してきてるわよ! マフラーで何するの? 何にも出来ないじゃない!
心の中でいくら叫んでも無駄である。真紀は大人しく助けを待つことにした。
「真紀さん、大丈夫ですか? 座っても大丈夫ですよ」
目の前に佇む男は、無表情だったが心配そうな声を出しながら真紀を覗き込む。
うるせぇ。お前に言われなくても、そのつもりだよ。
真紀は心の中で毒を吐きながら、壁に寄りかかって座った。
(ウグ……ちょっとマズいかも)
真紀は恐怖と不安で身体が震えた。しかし、それだけではなかった。
停止したエレベーターの中は静かで、少しずつ絶望感に苛まれていく。
これは本当にただの故障なのか、それとも外で何かあったのか。インターホンに何も反応がない以上、何も分からない。
「故障ですかね。不安ですね」
真紀の向かいで、大木のごとくのそりと立つ男が冷静なトーンで話かけてくる。
そんなの、もう心の中で何回も反復したわよ。喋るならもっと気の利いたこと話しなさいよ。
彫りの深い顔立ちに、二メートル近い巨体はいるだけで存在感がある。しかし、何考えてるか分からない無表情と、いかんせん近寄り難いオーラのせいで今日は気まずくなる瞬間が何度も訪れていた。
やっぱ失敗だったかな、と他事を考えようとした矢先、再び身体が揺れる。しかし、今度は恐怖心からくるものではないとハッキリ分かった。
真紀は目の前にいる男に悟られないように、貧乏ゆすりを装おった。しかし、ばれるのは時間の問題だった。
(ヤバい……このままじゃ……漏れちゃう……)
◆◆
「ハァ〜、どこかにいい男いないかな〜」
不機嫌とウンザリをミックスしたような声を発しながら、真紀は休憩テーブルの上でうな垂れていた。
「そういえば、吉田さんはどうだったの? 食事したんでしょ?」
正面に座る同僚の希美は、お菓子を口に運びながらワクワク気味に話しかける。
「あぁ、もう全然ダメよ。いいのは見てくれだけね。自分のことしか喋べんないし、そのくせ自慢ばかりだし、食事中はやたらとウンチクばっかり語るし……もっと静かに食えっての! おまけに割り勘よ!割り勘!一軒目だけならまだしも、二軒目のバーまで割り勘て!?」
真紀が大企業・五葉グループに入ったのはエリート社員と結婚して勝ち組になるためだった。
元々社会的地位なんて望んでいない。女性優位社会とか言われながらも、出世出来るレベルは限られている。それならば、早い内にいい人を見つけて専業主婦に収まった方が人生を謳歌出来る。そのためには、神様より与えられた美貌を活かさない手はない。
真紀が入社した日、一週間は自分の噂で持ちきりだったという。二年目で告白された数は両手の数を容易く超えた。三年目でついに、企画部の電話担当となり、同期や先輩方から嫉妬や羨望の眼差しを受けまくった。
しかし、それがどうした。花形とも言える企画部のエリート様とお近付きになれるのだ。負け組の叫びなど知ったことか。後は白馬の王子様をゲットして、さっさと寿退社してやる。
それが真紀の狙いだったが、現実はそんなに甘くなかった。
残念イケメン。企画部の男共を一括りするとそうなる。虚構と現実は全然違う。自己中、センスなし、ナルシスト、女々しい、兎にも角にも漫画でも萌えれないだろう男達が集まっていたのだ。
おまけに、一通り手を付けてみたので、同僚の女性達からの評判はガタ落ちときてる。こうなってくると、早いとこ相手を見つけないとと焦る。居場所がなくなる前に、新たな居場所をつくらなくては。
「そう、あの人でもマキちゃんのお眼鏡にかなわなかったか〜」
希美はそんな真紀と唯一話の合う同期。かといって、他の女性社員からのウケもよい。世渡り上手とは彼女のことを言うのだろう。
「これで企画部の男共はあらかた食っちゃったし〜、別の会社で探そっかなぁ〜」
紅茶の入ったマグカップを手に、諦め気味に呟く。
「あ、まだ一人いるよ。あの人」
希美は嬉々とした表情で、お昼休憩中にも関わらず喧騒に包まれたオフィスの奥を指す。
石頭とあだ名される鬼部長に怒鳴られているのはーー大きな背中だった。
「? あんなヤツいたっけ?」
「中田中(なかたあたる)さんよ。ホラ、私達同期でしょう?」
希美に言われて、真紀は思い出した。
入社初日、やけにデカいのがいると思った。いつの間に、ココにいたのか。
「結構前にね。でもあの人、いっつも雑用ばかり押し付けられてるみたい。断れない性格みたいね。他にも部長の怒鳴られ役とか」
つまり、クラスに一人はいる損な役回りか。可哀想とは思うけど、別に助けなくても自分に支障はないと思うくらいの。
「フ〜ン、冴えないヤツってことね」
「そうね、真紀には合わないかも。他の部署いってみる?」
希美に言われたとき、部長のお小言は終わったらしく、中田という大男はこちらを振り返った。
体の線が細い大男だった。しかし体格は良く彫りの深い顔立ちをしている。流行りの顔ではないが、決して悪くはない。着崩れたスーツを身に纏いヨタヨタと歩いてくると、真紀と目があった。
「…………」
ほんの一瞬だった。しかし、彼は道端の石ころのごとく真紀を無視して歩いていってしまった。
その反応を見て、真紀の頭にはピンとくるものがあった。
「いえ。ここまで来た以上は、コンプリートしとかないとね」
真紀の心にフツフツと沸き起こった、肉食女子の情念。それは、会社でも五本の指に入る美人OLである自分に全く反応しなかったことから沸き起こった。決して強がりではない。本当に興味がないといった目だった。
ああいったタイプも攻略しておかないと。真紀はその程度の考えだった。
スピリチュアルなことはあまり信用していない真紀も、今日ばかりは心の中で詫びた。そして懇願した。早くこの状況を何とかして下さい、と。
彼女は今、デパートのエレベーターという無機質な銀色の箱に閉じ込められていた。
故障か何かは知らないが、非常ボタンを連打しても一向に返事はない。
何してんの! こういうときのための警備員じゃない! どうやって助けてくれるの!?
そういえば、今日の〝ラッキーアイテム〟はマフラーだったわね! してきてるわよ! マフラーで何するの? 何にも出来ないじゃない!
心の中でいくら叫んでも無駄である。真紀は大人しく助けを待つことにした。
「真紀さん、大丈夫ですか? 座っても大丈夫ですよ」
目の前に佇む男は、無表情だったが心配そうな声を出しながら真紀を覗き込む。
うるせぇ。お前に言われなくても、そのつもりだよ。
真紀は心の中で毒を吐きながら、壁に寄りかかって座った。
(ウグ……ちょっとマズいかも)
真紀は恐怖と不安で身体が震えた。しかし、それだけではなかった。
停止したエレベーターの中は静かで、少しずつ絶望感に苛まれていく。
これは本当にただの故障なのか、それとも外で何かあったのか。インターホンに何も反応がない以上、何も分からない。
「故障ですかね。不安ですね」
真紀の向かいで、大木のごとくのそりと立つ男が冷静なトーンで話かけてくる。
そんなの、もう心の中で何回も反復したわよ。喋るならもっと気の利いたこと話しなさいよ。
彫りの深い顔立ちに、二メートル近い巨体はいるだけで存在感がある。しかし、何考えてるか分からない無表情と、いかんせん近寄り難いオーラのせいで今日は気まずくなる瞬間が何度も訪れていた。
やっぱ失敗だったかな、と他事を考えようとした矢先、再び身体が揺れる。しかし、今度は恐怖心からくるものではないとハッキリ分かった。
真紀は目の前にいる男に悟られないように、貧乏ゆすりを装おった。しかし、ばれるのは時間の問題だった。
(ヤバい……このままじゃ……漏れちゃう……)
◆◆
「ハァ〜、どこかにいい男いないかな〜」
不機嫌とウンザリをミックスしたような声を発しながら、真紀は休憩テーブルの上でうな垂れていた。
「そういえば、吉田さんはどうだったの? 食事したんでしょ?」
正面に座る同僚の希美は、お菓子を口に運びながらワクワク気味に話しかける。
「あぁ、もう全然ダメよ。いいのは見てくれだけね。自分のことしか喋べんないし、そのくせ自慢ばかりだし、食事中はやたらとウンチクばっかり語るし……もっと静かに食えっての! おまけに割り勘よ!割り勘!一軒目だけならまだしも、二軒目のバーまで割り勘て!?」
真紀が大企業・五葉グループに入ったのはエリート社員と結婚して勝ち組になるためだった。
元々社会的地位なんて望んでいない。女性優位社会とか言われながらも、出世出来るレベルは限られている。それならば、早い内にいい人を見つけて専業主婦に収まった方が人生を謳歌出来る。そのためには、神様より与えられた美貌を活かさない手はない。
真紀が入社した日、一週間は自分の噂で持ちきりだったという。二年目で告白された数は両手の数を容易く超えた。三年目でついに、企画部の電話担当となり、同期や先輩方から嫉妬や羨望の眼差しを受けまくった。
しかし、それがどうした。花形とも言える企画部のエリート様とお近付きになれるのだ。負け組の叫びなど知ったことか。後は白馬の王子様をゲットして、さっさと寿退社してやる。
それが真紀の狙いだったが、現実はそんなに甘くなかった。
残念イケメン。企画部の男共を一括りするとそうなる。虚構と現実は全然違う。自己中、センスなし、ナルシスト、女々しい、兎にも角にも漫画でも萌えれないだろう男達が集まっていたのだ。
おまけに、一通り手を付けてみたので、同僚の女性達からの評判はガタ落ちときてる。こうなってくると、早いとこ相手を見つけないとと焦る。居場所がなくなる前に、新たな居場所をつくらなくては。
「そう、あの人でもマキちゃんのお眼鏡にかなわなかったか〜」
希美はそんな真紀と唯一話の合う同期。かといって、他の女性社員からのウケもよい。世渡り上手とは彼女のことを言うのだろう。
「これで企画部の男共はあらかた食っちゃったし〜、別の会社で探そっかなぁ〜」
紅茶の入ったマグカップを手に、諦め気味に呟く。
「あ、まだ一人いるよ。あの人」
希美は嬉々とした表情で、お昼休憩中にも関わらず喧騒に包まれたオフィスの奥を指す。
石頭とあだ名される鬼部長に怒鳴られているのはーー大きな背中だった。
「? あんなヤツいたっけ?」
「中田中(なかたあたる)さんよ。ホラ、私達同期でしょう?」
希美に言われて、真紀は思い出した。
入社初日、やけにデカいのがいると思った。いつの間に、ココにいたのか。
「結構前にね。でもあの人、いっつも雑用ばかり押し付けられてるみたい。断れない性格みたいね。他にも部長の怒鳴られ役とか」
つまり、クラスに一人はいる損な役回りか。可哀想とは思うけど、別に助けなくても自分に支障はないと思うくらいの。
「フ〜ン、冴えないヤツってことね」
「そうね、真紀には合わないかも。他の部署いってみる?」
希美に言われたとき、部長のお小言は終わったらしく、中田という大男はこちらを振り返った。
体の線が細い大男だった。しかし体格は良く彫りの深い顔立ちをしている。流行りの顔ではないが、決して悪くはない。着崩れたスーツを身に纏いヨタヨタと歩いてくると、真紀と目があった。
「…………」
ほんの一瞬だった。しかし、彼は道端の石ころのごとく真紀を無視して歩いていってしまった。
その反応を見て、真紀の頭にはピンとくるものがあった。
「いえ。ここまで来た以上は、コンプリートしとかないとね」
真紀の心にフツフツと沸き起こった、肉食女子の情念。それは、会社でも五本の指に入る美人OLである自分に全く反応しなかったことから沸き起こった。決して強がりではない。本当に興味がないといった目だった。
ああいったタイプも攻略しておかないと。真紀はその程度の考えだった。