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短編小説《1》・神様この人でしょうか?(6)

また真紀は泣きそうになった。よりにもよって会社の同僚に、しかもつい最近まで存在すら知らなかった冴えないヤツに、女と最大の失態を知られ、さらには後始末をしてもらっているのだ。真紀は、もうこの世界から消えてしまいそうになった。しかし。

「そのマフラーは高価な品物です。僕のは二束三文の安物です。どっちが効率的かは一目瞭然です」

真紀との温度差は歴然だった。中田は真紀のおもらしの後始末まで、会社の仕事の一貫だとでも捉えているのか。
今日中田は、「会社の備品を買う」という仕事をするためにここにきた。しかし、真紀は「中田を自分の虜にし、上手くいったら思いっきり振る」という、誰が聞いてもタチの悪い邪な考え方だった。だが、中田は真紀の誘惑を気にすることもなく〝職務〟を全うしようとしている。つまり、彼の仕事はまだ終わっていない。
彼は真面目なのだ。良い意味でも、悪い意味でも。だからこそ、同僚の雑用も引き受ける。説教も謹んで受け止める。
それなのに、自分ときたら。

「これも使って」

自分の首に巻かれたマフラー、以前デートに誘われた男から受け止った高級マフラーだった。

「しかし」

「いいから」

真紀はまだ全然残っているオシッコの上にマフラーを覆い被せた。中田が拭き取っていたはずだが、まだこんなに残っているなんて。真紀は改めて、顔が赤くなるのを感じた。

「もう、いらないから」

その男は、真紀を幸せにするつもりなんてなかった。ただ、アクセサリーが欲しかったのだ。〝美人の恋人〟という誰もが羨むアクセサリーが。そんなヤツからの贈り物でも、高級マフラーであることに変わりない。戦利品と思い残しておいたが、もうどうでもいい。
そのときようやく、インターホンから声が聴こえた。停止の理由は、やはりエレベーターの故障だったが、非常ボタンとカメラも同時に途切れたらしく、復旧に時間が経ってしまったという。インターホンの向こうから職員がもの凄い勢いで謝罪の言葉を繰り返していたが、中田は冷静に対処した。真紀はというと、カメラの故障と聞いて胸を撫で下ろした。

◆◆

夕焼け空が世界を包む帰り道。
相変わらず二人は無言だった。しかし、先程までのように真紀が先頭ではなく、並んでトボトボと並木道を歩いていた。
大きな紙袋二つは中田が持ち、真紀はビニール袋。中身は、オシッコ色に染められた〝今日のラッキーアイテム〟のマフラーが二つ。
因みに下着は履き替えていない。これは真紀なりの反省だった。自宅に着くまで、自分の今日の失敗を肌で感じようと思ったのだ。濡れた下着がまとわりついて気持ち悪いが、我慢した。そのため電車に乗るのも憚られ、真紀は歩いて帰ることにした。自宅まで歩いて一時間程。近い距離ではないが、真紀は歩きたい気分だった。反対方向にも関わらず、中田は着いてきてくれた。

「じゃあ……この辺でいいから」

「真紀さん」

自宅のマンションを見上げながら、真紀は朝とは全く正反対のしおらしい声で中田に話しかけた。が、即座に中田の声に割り込まれた。

「今日のことは誰にも言いませんから」

それを聞いて、真紀は身体が震えた。尿意ではない。心臓のドキドキが止まらない。

「それはつまり……わ、私が貴方の……恋人になればいいってこと?」

真紀は中田の顔をしっかり見れず、視線だけを相手に向ける、いわゆる「上目遣い」で尋ねた。

「そんな必要はありません。ただ一つだけお願いを聞いて頂けるならーー僕のことを名前で呼んで頂けたら嬉しいです」

それだけ言うと、中田は真紀に背を向け一歩を踏み始めた。
そういえば、今日はずっとアンタ呼ばわりだったなぁ。地平線上の中田がいなくなるまで、真紀はその背中を目で追い続けた。

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プロフィール

Author:屈辱の湖
周りと違う僕はおかしいのだろうか。
こんな性癖誰にも理解されないのではないか。
どうやって新しいオカズを手に入れればいいのか。
分からぬまま悶々と欲望を募らせていましたがーーとうとう見つけました。僕のたぎる思いを満たすことが出来るのは、

〝少女のおもらし〟だと。

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