《24》【僕のジョボ女簿日誌】 「第一話 学園(エデン)は檻の中」 (5)―3 姉弟
- 2017/03/03
- 12:48
しかし、特に物思いに耽ることはない。この商店街を通った先に、自分が住む格安アパートがあるのだ。それにブツブツ呟きながら歩いている今、店員の声は右耳から入り左耳へと流されていく。
僕は生徒らのことを子供扱いしながらも、男女交際のことに関してはもう大人だからと許容している。これは矛盾ではないのか。
彼女は僕に、見守っていてほしいと言った。勿論彼女のことは助けたい。しかし、生徒間には教師には立ち入り禁止の「聖域」のようなものが存在する。例えば、生徒入れないSNSとか、教師には知られちゃいけない秘密の隠れ家とか。そこに土足に踏み込んで下手に騒がれた場合、彼らはその怒りを誰かに向けようとする。その責任の矛先がもしも、もしも彼女に向けられてしまったら? ただでさえ、目立つ存在だった彼女が、今回の一件で一気に注目を集めてしまった。最悪のマイナスイメージ付きで。
せっかく立ち上がろうとしている彼女が再び好奇の目で晒されることだったら? 下手すればイジメの対象になってしまうかもしれない。
子供のイジメとは、終わりがない。それ故、厄介なのだ。だから教師は火種を潰すことに躍起になっている。
「ハァ……ダメだなぁ……」
何度考えても答えは出ない。教師三年目、そろそろ〝ルーキー〟の名も返上したいが、これでは。あまりしたくはかいが、ここは伊庭先生か矢行先生にでも相談するか。
「……ロウ?」
イヤ、それもそれでなぁ。伊庭先生は怒られるし、矢行先生は〝写真〟を持ってるし。
「――太郎?」
そこで僕は、誰かに呼ばれていることに気付いた。丸くなった背をビシッと伸ばし、振り向くとそこには見知った女性がいた。
柔和な笑みを浮かべるいかにも家庭的といった女性。首の後ろで一つに結ばれた長い髪が、夕陽に反射してキラキラと輝く。季節に合った色合いのジャンパースカートを着ており、片手にぶら下げたエコバッグには野菜や肉といった食材が入っている。
「シミ姉」
シミ姉こと志実子(しみこ)、彼女は僕の姉。
持ち物からして、買い物帰りなのだろう。他事に頭がいっぱいになり過ぎて、すれ違ってしまった僕に声をかけてくれたようだ。
僕は大きく膨らんだ荷物を持つように言ったが、彼女は僕の腕から逃げるように荷物を背方向に回す。
「大丈夫よ。太郎も疲れてるでしょ? それよりも、今日晩ご飯何がいい?」
嬉々として話す彼女の笑顔は、見ているこっちまで笑顔になれる程母性に溢れていた。それは周りも同じのようで、いい歳した商店街の主人の何人かが、鼻の下を伸ばしながら店から出てきて挨拶してくる(何人かはお土産付きで)。それに対し、姉は福音がなるかのような笑顔を返すのだ。そんな彼女の隣に並ぶ弟である僕は、ときにニヤニヤされ、ときに変な圧力をかけられ、ときに井戸端会議の話題になったりするのだ。
この日も、ある八百屋の前で輪をつくり会議に勤しむ奥様軍団の声が聞こえた。
「ホラ見て見て、あの娘が噂の築月さんよ」
「ハァ〜、美人ね」
「隣の男の子は誰? 随分可愛い顔してるけど」
「弟さんだそうよ〜。確か五つくらい離れた」
「へぇ〜、でも全然顔似てないわね〜」
「八百屋のご主人に聞いたんだけど、あの二人血が繋がってないんだって〜」
「え〜!?じゃ義理姉弟って事?」
「そういえば前に名前聞いたとき、苗字が違ってたような……」
「シーッ。大きいと聞こえるわよ」
オバさん集団の言葉等どこ吹く風といった感じでシミ姉はスタスタと歩くが、僕はシミ姉の手をギュッと掴むと早歩きで駆け出した。
僕は生徒らのことを子供扱いしながらも、男女交際のことに関してはもう大人だからと許容している。これは矛盾ではないのか。
彼女は僕に、見守っていてほしいと言った。勿論彼女のことは助けたい。しかし、生徒間には教師には立ち入り禁止の「聖域」のようなものが存在する。例えば、生徒入れないSNSとか、教師には知られちゃいけない秘密の隠れ家とか。そこに土足に踏み込んで下手に騒がれた場合、彼らはその怒りを誰かに向けようとする。その責任の矛先がもしも、もしも彼女に向けられてしまったら? ただでさえ、目立つ存在だった彼女が、今回の一件で一気に注目を集めてしまった。最悪のマイナスイメージ付きで。
せっかく立ち上がろうとしている彼女が再び好奇の目で晒されることだったら? 下手すればイジメの対象になってしまうかもしれない。
子供のイジメとは、終わりがない。それ故、厄介なのだ。だから教師は火種を潰すことに躍起になっている。
「ハァ……ダメだなぁ……」
何度考えても答えは出ない。教師三年目、そろそろ〝ルーキー〟の名も返上したいが、これでは。あまりしたくはかいが、ここは伊庭先生か矢行先生にでも相談するか。
「……ロウ?」
イヤ、それもそれでなぁ。伊庭先生は怒られるし、矢行先生は〝写真〟を持ってるし。
「――太郎?」
そこで僕は、誰かに呼ばれていることに気付いた。丸くなった背をビシッと伸ばし、振り向くとそこには見知った女性がいた。
柔和な笑みを浮かべるいかにも家庭的といった女性。首の後ろで一つに結ばれた長い髪が、夕陽に反射してキラキラと輝く。季節に合った色合いのジャンパースカートを着ており、片手にぶら下げたエコバッグには野菜や肉といった食材が入っている。
「シミ姉」
シミ姉こと志実子(しみこ)、彼女は僕の姉。
持ち物からして、買い物帰りなのだろう。他事に頭がいっぱいになり過ぎて、すれ違ってしまった僕に声をかけてくれたようだ。
僕は大きく膨らんだ荷物を持つように言ったが、彼女は僕の腕から逃げるように荷物を背方向に回す。
「大丈夫よ。太郎も疲れてるでしょ? それよりも、今日晩ご飯何がいい?」
嬉々として話す彼女の笑顔は、見ているこっちまで笑顔になれる程母性に溢れていた。それは周りも同じのようで、いい歳した商店街の主人の何人かが、鼻の下を伸ばしながら店から出てきて挨拶してくる(何人かはお土産付きで)。それに対し、姉は福音がなるかのような笑顔を返すのだ。そんな彼女の隣に並ぶ弟である僕は、ときにニヤニヤされ、ときに変な圧力をかけられ、ときに井戸端会議の話題になったりするのだ。
この日も、ある八百屋の前で輪をつくり会議に勤しむ奥様軍団の声が聞こえた。
「ホラ見て見て、あの娘が噂の築月さんよ」
「ハァ〜、美人ね」
「隣の男の子は誰? 随分可愛い顔してるけど」
「弟さんだそうよ〜。確か五つくらい離れた」
「へぇ〜、でも全然顔似てないわね〜」
「八百屋のご主人に聞いたんだけど、あの二人血が繋がってないんだって〜」
「え〜!?じゃ義理姉弟って事?」
「そういえば前に名前聞いたとき、苗字が違ってたような……」
「シーッ。大きいと聞こえるわよ」
オバさん集団の言葉等どこ吹く風といった感じでシミ姉はスタスタと歩くが、僕はシミ姉の手をギュッと掴むと早歩きで駆け出した。